泉鏡花は夏目漱石より後に生まれているが、その文章を読むと漱石より古い世代の人かと思ってしまう。私にとって漱石の世界は「現代」に含まれている。それを現代と呼ぶのか近代と呼ぶのかはともかくとして、漱石以前の作家は「昔の作家」だ。
泉鏡花の作品は短編で、ストーリーの起伏が大きく、劇的である。夏目漱石の作品のように、主人公があれこれ考えるが結局何もしないのとは対照的である。
漱石はおそらくあまりに作り話っぽい書き方がイヤだったのだろう。
泉鏡花の作品の特徴が彼の特徴なのか、それともこの時代は多かれ少なかれそうだったのかは他の作品を読んでいないのでよくわからない。
登場人物が江戸弁で会話するのが心地よい。
「虚言(うそ)と坊主の髪(あたま)はいツた事はありません。」
「吉公、手前(てめえ)また腕車(くるま)より疾(はえ)えといつたな。」
「応(ああ)、言った。でもさう言はねえと乗らねえもの。」
とか。
泉鏡花の文体は古臭く文語体に近いのだが、内容が過激で陰惨さや不気味さをもっているところは現代的といえるかもしれない。
「義血侠血」は、ある男が偶然であった女にあることがきっかけで金を援助してもらって学校へ行って出世する話かと思ったら予想外の事態となって最後は悲劇的な結末を迎える。
同じ本に収められている「夜行巡査」「外科室」という作品も、血や死が描かれる、強烈な作品である。
しかし主人公の行動原理は高潔であり、卑怯ではないので、暗い気持ちにはならない。