2016/10/16

ディランのノーベル賞

ボブディランがノーベル文学賞を取った。

ノーベル賞と言えば数年前から毎年村上春樹がとるのではと言われ続けてきてとれず、

事前予想なんかあてにならない、村上春樹なんか候補にもなってないんじゃないかと

思っていたら、ディランも候補だという話まで出てきて、イヤイヤ、それはないだろ、

と笑っていた。

もしディランがノーベル賞をとってしまったらちょっとイヤだなあ、と思っていた。


ディランの受賞には疑問を呈する人もいるようだ。

だが、それは「文学じゃない」ということが論点になっているようだ。


だが、ディランは詩人でありそれは文学であることは論ずるまでもない。

彼はほとんどの作品の詩を自分で書いている。



ディランがノーベル賞をとったことを知ったのはtwitterでであったが、

自分の大好きなディラン、30年くらい人生をともに歩んできたかのような存在であるディラン、

自分の友達、家族のような存在の人だが、受賞のニュースを聞いたときにはストレートには喜べなかった。



それは複雑な思いがあって、まず、ボブディランという人のことを本当にわかっているのか?

というのがある。


彼のことを語る人に、ボブディランという名前は知っていても、お前はアルバムを一枚でも全部聞いたことがあるのか、歌詞を読んだことがあるのか、と言いたくなる。

私は高校生のときに聴き始めたのだが、歌詞は知らない単語を辞書で引きながら読んだ。


ディランは詩がいいとは言われるが、私には英語でも、歌の歌詞でも、それがいいか悪いかを評価できる自信はない。

ただ、アイラブユー、死んでもお前を離さない、お前に夢中だ、などというアホみたいな歌詞ではない、というのはわかった。その程度だ。



さらに、ノーベル文学賞をとった作家の作品も、ほとんど読んだことがない。

日本人の川端康成と大江健三郎、あとはトーマスマンくらいか。もちろん翻訳で。



特に2000年代に受賞している作家はほとんど、名前も聞いたことがないような人ばかりだ。


私は小説も読まないことはないが、どの作家が優れているなどと判断することができるほどではない。



ボブディランについては、ロックにしては、大衆音楽にしては小難しいことを言っているが実は中身がない、ただのひねくれもの程度なんじゃないかと思っていたが、

ノーベル賞を取ったと聞いて、本当にすごい人だったんだな、とちょっと驚いている。


私にはふさわしいとかふさわしくないとかは言えない。


ただ、またディランが遠くなり、好きでもないのに知りもしないのにディランがディランがという人が増えるのが嫌だ。