トオマス・マン 「ヴェニスに死す」

「悪霊」は初期の作品だと思っていたが結構後期であった。
いつも途中で誰が誰だかわからなくなるので、メモをしながら慎重に読む事にした。たしかに膨大で、とっつきにくくはあるが、苦痛ではないのが不思議。

カラマーゾフ、白痴、罪と罰、地下室等を読んできた。なんせあの膨大さで、電車の中や寝床できれぎれに読んだために、きっちり読み込んだわけではないが、だいたい、ドストエフスキーとは何者であるかはわかっていたつもりだった。埴谷雄高の解説本を読んで、大体自分の読み方は正しかった、と確認した。彼は根はやはり懐疑派であり自由主義者であり無神論者である。しかし、そうでもなければ作家になどならないし作家でなどいられないだろう。私は芸術は肯定するが、いったい文学が芸術でありうるのだろうかと、ずっと疑っている。ほとんどの作家は文学が芸術であることを疑わずに神や信仰は疑っている。
でも、信仰と文学は相容れないものではないだろうか?
文学とは行き着くところは神への反抗なのではないか?

「罪と罰」は、最近読んだのだが、どうしても評価できない。
あれは非常に自己中心的な話である。聖書を引き合いにだすのも気に食わない。あれは、まじめに罪や罰や信仰を考えたのではなく、苦労して創ったドラマチックな小説にすぎない。

「カラマーゾフ」は、少し真剣さを感じたが、やはりむなしい。イワンやミーチャがリアルすぎるのに反して長老はどっかから引用しているみたいだし、アリョーシャはマンガみたいだ。
しかし、先ほども言ったように、神を肯定して真理と善と美を追求したら、おもしろい小説はできないのだ。

「悪霊」が難航している。分厚すぎて気軽に持ち歩けないせいだ。
その合間をぬって「ヴェニスに死す」を読んだ。
トーマス・マン。前に平野が言及していたので「トニオ・クレエゲル」を読んだのだが、なんて傲慢で自意識過剰な人間だろう。
しかし「禁色」があきらかにこの話に影響を受けている、というかパロディといってもいいのかもしれない、のがわかった。
「魔の山」も、いつか読んでみよう。


「悪霊」は、中断します。
もっと余裕のあるときにします。
今はダライラマの本を読んでますが、これは小休止です。
次のターゲットは「魔の山」です。
「悪霊」よりきついかもしれない。

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