2021/07/31

志賀直哉 「暗夜行路」

志賀直哉は私の好きな作家の一人なのだが、 暗夜行路は読むのが苦痛だった。 何度か読もうとして挫折したが、今回は何とか読み通した。 文体は飾り気がなくて素朴で読みやすく、時代の違いもあまり感じさせない。 志賀直哉は夏目漱石の弟子のような人で、 暗夜行路は夏目漱石に新聞に連載することをすすめられて書き始めたそうである。 しかし書き手も難航して連載は辞退し、なんども中断して20年以上かけてやっと完成したらしい。 

なんでつまらないのだろうか。

まず、主人公が経験していることや感じていることが劇的でもなければ共感することもない。 わざとらしいオハナシではなく現実を描いたものだということなのだろうが、 言いにくいことを思い切って告白したとか人が見ようとしない世界に切り込んだというわけでもない。 

この作品は傑作とされているようで、 だから私も読まねばなるまいと思っていたのだが、 読んでみても傑作である所以はよくわからなかった。 虫とか小動物などの描写がうまい。 これは他の短編でも感じたことである。 あとがきに「一回毎に多少の山とか謎とかを持たせるような書き方は中々出来なかった」とある。 これは夏目漱石が「新聞の続物故豆腐のぶつ切れは困る」という注意があったために意識したことらしい。 

夏目漱石の代表作もだいたい新聞連載である。 私は漱石の作品はめぼしいものは大体読んだが、連載一回分と思われる区切り(章というのか?)とごに、 山とか謎を持たせて読者の興味を引くようなテクニックがあるとは感じなかった。 感じさせないように自然に書けるのが漱石のすごさなのか、もしかして本当に意識せずに「山」や「謎」ができていたのかわからないが、志賀直哉はそこに苦労したと自ら言っていて、私が読むのが苦痛だったのもそれがうまくいっていなかったためではないかと思う。 

終盤のほうで満州とか朝鮮の話が出てくる。 それらについての主人公の態度や感じ方がなんだか横柄というか無神経に感じた。 子供が生まれて間もなく亡くなるシーンもあったが、それについても拾った犬が死んでしまった程度の反応に見えた。 

当時の日本人はきっとみなこのような感じ方、暮らし方をしていたのではないだろうか。 人間の見方、結婚とか仕事とか商売に対する考え方があまりに軽く、不用意というか、軽率というか、 そんな風に感じた。 安らぎや感動を感じるのは人間関係から逃れて自然に触れたときでしかなく、 人間関係において何かを乗り越えたりなにかが育まれるとか克服するとか、 そういうものが見られない。 半島や大陸進出が結局失敗して戦争で大敗することになったのは、 当時の人たちが皆暗夜行路の主人公のような人々だからだったのではないか、などということを感じさえした。