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2009/03/22

山本周五郎 「赤ひげ診療譚」

山本周五郎の3冊目。前作2冊よりは、普通の小説らしく、テレビの時代劇を思わせるような展開もあった。医者とその弟子となると、「破れ傘刀宗」のようだ。実際数人の相手を叩きのめす場面が出てくる。刀で斬りこそしないが。

共通の舞台でのオムニバス的な構造と、ダメな奴、狂った奴が多く登場するのは、「青べか」や「季節のない街」と同じ。これがなかったら、ほんとにただの時代劇の脚本になっていただろう。

頑固で情熱家で地位や名誉を求めないという、黒澤明が好きそうな話だ。映画は見ていないのだが、途中から去定はすっかり三船敏郎の姿をとってしまった。

この作品は、ちょっときれい過ぎるというか、お説教臭いというか、時代劇や映画の脚本っぽいのが物足りない。

2009/03/15

まあだだよ

この映画は確かTVでCMをやっていた。所ジョージがまーだだよ!と言ってみんなを先導しているシーンが記憶にある。
私は全く興味がなかった。クロサワクロサワっていうけどそんなにたいしたもんかね?と思っていたくらいだ。

最近、クロサワ映画がやたらと放送される。日本映画チャンネルやNHK BSで、何度も何度も。
あまりに有名なので、特に好きというわけでもないのだが、ほとんどの作品を既に見た。

まあだだよは初めてである。

冒頭のシーン。
教室に、退職することになった教師が入ってくる。すると、教室に煙が漂っている。
「誰かタバコを吸ったな?」とは言うが、叱りはしない。大学なのだろう、タバコを吸うこと自体はかまわないが、
教室では吸ってはいけないことになっているようだ。

教室は静まり返っていて、生徒たちは全員、教師のほうを見ている。
肘を突いたり腕組みをしたりしている者もいない。
教師が動くと全生徒の視線がそれを追いかける。

ここで、もう違和感がある。
まず、学校の教室というのは、そんなに厳粛なものではない。
生徒なんかあっち向いたりこっち向いたりして、教師の顔なんか時々ちらちらと見るものだ。

なかには厳粛な学校、厳粛な教室もあったかもしれない。
しかし、もしそうなら、教室では禁じられているタバコなんかを、
教師が来る直前に吸うことなどないだろう。

そのクセ、先生は大切な事を教えてくれました、
なんて心から尊敬しているかのような事を一人が言うと、みんながいっせいに立ち上がる・・・

こういう、集団がみな意志を一つにして、
まるでマスゲームのように行動するシーンは黒澤映画にはよくあるが、
いつも気持ち悪さを感じるところである。

この教師というのは内田百閒だそうだ。
ちなみに私はずっとヒャクモンだと思っていたが、よくみると耳ではなく月である。
もともとは間だったのを、わざわざ閒に変えたそうである。
彼の名前は何度か見聞きしているが、作品を読んだことはない。

なんてことや、それを演じた松村達夫が2005年に90歳でなくなったことや、
彼の演じたどですかでんの姪の女に手を出す役は最低な男だったが名演だったなとか、
先生の奥さん役は今日経で履歴書を連載している香川京子なのかとか、
そんなことを調べつつ1時間くらい見たが、途中でやめた。

何で人が宴会しているシーンを延々と見なきゃならなのか。
こんな映画、売れるわけないよ。よく作ったね・・・。

2008/10/05

悪い奴ほどよく眠る



NHK BS2で。テレビがおもしろくないしカゼぎみでだるいので見た。
19インチワイドディスプレイ、Sケーブルでの映画鑑賞を試す意味でも。
なんだかんだ文句を言いつつよく見ているクロサワ映画。
この作品はクロサワ作品のなかでもあまり人気がないようだ。
まず、汚職を暴くみたいな、三流ジャーナリストみたいな話なのがつまらない。
むしろ、映画は悪そのものを描いてほしいくらいだ。

西村晃演ずる下っ端の翻弄されっぷりは面白かった。

この作品がいまひとつすっきりしないのは、脚本が5人だか6人だかいたことではないだろうか。
各登場人物に、脚本家たちの言いたいことをおのおの代弁させているようで、メインの人物が定まらない。

メインが定まらないといえば、三船敏郎がめがねをかけて刈り上げてぴっちり横わけにしていたのも、
そういう役柄だとしても、あまりに地味で魅力に乏しい。

魅力があったのは西の義理の弟になる酒飲みのドラ息子だが、脇役でしかなかった。

クロサワ映画の嫌いな理由のひとつは、安っぽい正義感というか、体制批判みたいなものがあることだ。それはすなわち、芸術ではなくて娯楽に堕している理由でもある。そういう意味では、武は黒澤に勝っていると思う。絵の撮り方や話の作り方(脚本?)はクロサワの方が上手だけど。武のよさって、やっぱり彼の絵と同じようにヘタウマなんだと思う。

2008/03/29

影武者

影武者 1980 黒澤明監督

この映画は家族5人で映画館に見に行った。わたしは小学生だった。よくわからなかったがなんかかわいそうだった、みたいな事を当時書くことを義務付けられていた日記に書いたのを覚えている。後にも先にも家族5人で映画を見たことなどない。

・・・・クロサワ映画は嫌いである。やっぱり好きになれない。確かに壮大なロケをよく敢行したなとは思う。衣装もきれいだし、大河ドラマなどにはないリアリティや迫力である。しかし、どうしても入り込めない。クロサワ映画を見ていていつも気になるのが、集団演技のわざとらしさである。驚いたり、顔を見合わせたり、笑ったり、それがいかにもそうすることを指示されているのが丸出しの、マスゲームか何かを見ているようである。

あと全体的に画面が暗くてよくわからない。セリフもだみ声でどなるようなのが多くて聞き取りにくい。最後の勝頼軍が惨敗した後の馬や兵隊がのたうちまわるシーンがしつこい。

ほめるところがあるとするなら、用無しになったあとの影武者の末路である。信玄としては勝新のほうが適役だったかもしれないが、あの情けない感じは仲代達也のほうがよかったのではないだろうか。信長役はカッコよかった。ショーケンも、短気で無謀で嫉妬深い勝頼に似合っていた。本当の勝頼がどうだったのかは知らないが。ショーケンも乗馬を習ったんだね。大滝秀治も?

そもそもわたしは戦国時代というものがまったく理解できない。信長秀吉家康とかいう人たちが、武田信玄とかが、いったいなんなのか、理解できない。彼らは政治家というよりもむしろ暴走族やヤクザに近かったのではないだろうか。本当にあんなカッコをして、あんな言葉遣いをして、あんなところに住んでいたのだろうか。どんなクスリをやっていたのだろうか。

根津ジンパチを久しぶりに見た。最近見ないと思ったらいろいろあって大変だったようだ。ショーケンもいろいろ、ありすぎるくらいにあった。勝新も。でもやっぱりショーケンはカッコいいな。時代劇にはちょっと華奢な感じだけど、ああいう人もきっといたはずだ。

徳川家康はちょっと・・・。ただの小太りなオッサンだし。

2007/09/04

どですかでん

どですかでんを録画したので寝る前に見てみた。かなりハチャメチャである。やたら役者が多い。ストーリーらしきものがない。カラーである。クロサワでカラーのものといえば、影武者、乱など最近のものしか知らない。影武者は子供の頃映画館で家族で見に行ったのだがよく覚えていない。乱はテレビでやっていたのをチラリと見たのだが、あまりいい印象はない。どですかでんは、どうやらクロサワの初のカラー作品のようである。色彩がどぎつい。赤、青、黄色などの原色をガンガン使っている。古ぼけていていい感じになっているが、あまり品のいい色使いではない。真っ赤な洗面器とか。

これはオリジナル脚本ではないだろうか。あと、武が座頭市で槍を持って走り回る男について、どですかでんのオマージュだとか言っていた記憶がある。

オリジナル脚本ではなかった。興行成績はよくなかったらしい。そりゃそうだろう。かなりぶっ壊れた映画だ。監督ばんざいとかがかわいく見える。やっぱりクロサワは腕力が違うという感じがする。まああんまり好きではないんだけど。

どですかでんの後半を見た。乞食の親子の子供が死に、酒飲みの娘が人を刺した。
最後は突然やってきた。原作はどんな感じだったのか少し読んでみたい気がした。
ネットでアマゾンのレビューを見たら、映画は小説を読めない人のためのものか、という言葉があった。
私はそこまでは思わないが、小説として成立しているものをそのまま映画化することには否定的である。
また、作り物である映画や小説に感動して涙を流すというのも、道徳的な観点からするとどうだろうかと思う。
だから私は三島とかキューブリックとかの人を皮肉ったような作品を好むのかもしれない。
それはそれでまた悪趣味ではあるけど、人が死ぬとか、弱いものを助けるとか、苦しみに耐えて成功するとか、そういうことを架空の世界でつくりあげて感動する、というのが文学の目的でないことは確かだ。
星は4つにせねばなるまい。
☆☆☆☆★

2005/10/17

七人の侍

ついに「七人の侍」を見たが、たいしたことはなかった。
セリフが1/3くらい聞き取れない。
黒澤映画は、私が受け付けないモーツァルト・エリッククラプトン・スピルバーグ的である。

2004/01/12

天国と地獄

時代劇専門チャンネルで観た。
まず、長い。2時間を超えるなと。
黒澤映画は、あまり好きではない。
羅生門、酔いどれ天使、生きる、蜘蛛の巣城、椿三十郎、用心棒、どん底、観たけど、なるほど程度には思ったけど、基本的に黒澤には共感できないのである。スピルバーグ的、モーツァルト的、エリッククラプトン的なものを感じる、と言えば分かる人にはわかるだろう。