2020/04/10

「ペスト」 アルベール・カミュ 

1947年発表
宮崎嶺雄訳
新潮文庫 昭和44年発行、平成17年66刷

194x年、オランで起きたペスト流行の話。
まるでドキュメンタリーのような文章だが、そのような事実はない。

ペストは今までに何度か世界各地で流行している。
一番有名なのは14世紀のヨーロッパでの流行だろうか。

1947年に書かれていて「194x年」なので、つまり、「もし今ペストが流行したら...」という設定である。

舞台となるオランという街は、とくに特徴のない平凡な街のように書かれているが、調べてみるとアルジェリア、つまりアフリカ大陸にある街だった。

本作発表当時はオランはフランスの植民地であった。
1954年からアルジェリア独立戦争が始まり、1962年からアルジェリア領となった。

なぜオランを舞台にしたのか、何か意図があるのだろうかと疑問に思ったのだが、
カミュは現在のアルジェリアで生まれ育っていた。

「異邦人」の舞台であるアルジェはアルジェリアの首都である。


コロナウィルスが流行して本作が話題になったニュースを見た。
本作の存在は知ってはいたが読んだこともないしどんな小説なのかもまったく知らなかった。

外出できないこともないが、なんだか面倒くさくてずっと家にいるので、映画を見たりしていたがこんなときだから読書するのがいい機会だと思っていろいろ読んでみていたのだがどれもなかなか読めなかったのだが、ペストは現在の状況もあってようやく読めた一冊だった。

連日、主にネットでコロナウィルスに関する話題でもちきりなので、
「ペスト」を読みはじめたときには、「疫病に立ち向かう人々の感動の物語」みたいなものととらえようとしていた。


ほんの序盤を、ベッドに寝転がりながら本当に少しずつ読んでいたのだが、
最初に書いたようなこの作品が書かれた背景を知ると、読み方をまったく変えなければならないと思った。

本作は、現在のような状況あるいはそのあとで書かれたものではない。
1947年といえば大戦が終わったばかりであるが、作品中に戦争があったことやその影響などを感じる記述は全くないといってよい。

ごく平凡な時代のどこにでもある平凡な街に起きた事件とその事件にまきこまれたごく普通の人々を描いているのである。

架空の話であるから、まずわいた疑問はなぜ作者はペストの流行という設定を思いつきそれを選んだのかということだった。

おそらく、なにかの象徴なのだろう。

「ペストに立ち向かう人々の感動の物語」なんてもののはずはない、
なんせ作者はカミュだぞ?不条理のカミュ、太陽がまぶしいから人を殺したという殺人犯の話を描くような... と思いながら読んでいった。

文体は客観的でノンフィクションのようであり登場人物の感情もそんなに激しいものは描かれないのだが、
意外に、愛とか友情とか正義のようなものが前面に出てくる場面もあった。

イエズス会士の神父が登場して、ペストは神がもたらした災厄であるというような説教をする場面が出てくる。

この作品において神、教会、神父、キリスト教というのはまったく無力でなんの権威もない虚しいものとして、反感を感じるものでしかないような描き方をされ、神父がペストに感染して死ぬところが詳しく描写される。

カミュは共産党に入党したこともあり、基本的に無神論者的立場の人のようで、本作中でも主人公(医師のリウー)が神を否定するような発言をする。

ただし無神論といっても厳密なものではなく、一般的になんとなく言われている神とか宗教的な行事とかそういうものを否定しているだけであって、造物主や自然法則などなく人間はただ偶然に生まれた存在にすぎないというような虚無的な考えでもないように思う。

この小説は今のような本当に疫病が蔓延している状況で生き抜くための参考にするようなものではない。

むしろ、ペストのようなものはもっと普遍的で常時蔓延しているのであって、疫病はその象徴でしかない。