2025/12/31

三島由紀夫の親

伜・三島由紀夫」という本を入手した。三島由紀夫の父親、平岡梓が書いたものである。と言っても、その妻、三島由紀夫の母である倭文重(しずえ)の文章というかコメントというか、も、たくさん含まれているので両親の作といってもよい。

三島由紀夫の人生について、公になっていることはたいてい知っていたが、プライベートはどうだったのか知りたくなり、実の父親ならそれを書いているだろうと思った。

まず驚いたのは、あの11月25日の前日、三島は両親に会っておやすみなさいとあいさつをしていたことだった。彼は同じ敷地に両親の家と隣合わせに立っていた家に住んでいて、毎日寝る前にあいさつをしていたそうなのだ。

私は三島由紀夫という人は孤独な人で、とっくに両親などとは音信不通のような状態になっていて、おかしな小説を書いてと愛想をつかされていたのかと思っていたが、死ぬまで溺愛されていた。

三島は自分の作品を母親に見せていたそうだ。母親に見せられるのか、と心配になるような作品もたくさんあった気がするが。特に、暁の寺の本多が覗き見るシーンなどは母親はどんな気持ちで読んでどういう感想を言ったのか。三島も、あれを母親に読ませたときにどういうつもりだったのか。

やはり、父親でしか知らないようなことがたくさん書いてあって興味深い内容ではあった。

私はこの本に、三島が自決することになった本当の理由を探したのだが、その一因だと感じたのは祖母との関係、母親との関係である。

三島の祖母は自分の孫を母親から奪うようにしてそばにおいて育てたそうだ。そして祖母、その夫つまり彼の祖父、父親の父親、はいろいろと問題のあった人だったようで、梓も倭文重も苦労したようである。

三島と言えば同性愛ということがついて回るが、私は彼が単に同性愛者またはバイセクシャルであったというのではなく、女性嫌悪、女性恐怖のようなものだったのではないかと思った。そしてそうなった原因は祖母と母親との関係ではないのか。

また、父親は息子のしでかしたことを悲しみ、怒り、恥ずかしいと感じているのだろうと思っていたが、それもないことはないが、誇らしいと思っているようなところもあるのが意外だった。「あの三島由紀夫の父」ということで注目されることを意識してそのように書いたのかもしれないが。

また、楯の会についても父親は賛同していたといっていいくらいで、一緒に自決した森田氏をはじめ会員達と交流もあったようである。

とにかく、三島由紀夫は家族や知人などに愛され、自分も愛し、結婚して持った家庭にも愛情をもって接し、猫も愛し、私がイメージしていたような冷徹で虚無的な人では全然なかった。

しかし、死ぬような気配など全くなかった、ということはなかったようである。それは、自決とか殉死のようなことを賛美するような言動のことではなく、疲れたような、思いつめたような様子があったと、母親が言っている。

私は三島が死んだのは天皇のためでも自衛隊のためでも日本のためでも憲法のためでもないと思っている。それらは後付けのタイギメイブンであって、生きていくことが耐えられない何かがあったと思うのだ。

2025/12/26

三島由紀夫 「暁の寺」

問題作。三島由紀夫にとっても、私自身にとっても、重要な作品である。

執筆時期等の作品についての説明は省く。

私はたしか30歳の頃、「豊穣の海」を全部読もうと覚悟を決めて読んだ。

第1巻と第2巻は傑作だと思った。しかし、第3巻で戸惑い、第4巻は駄作と言わざるを得ないと感じた。

第3巻の冒頭にある、菱川という男の夕焼け芸術論はおもしろいと思った。こんな調子で皮肉っぽく軽やかに話が展開していくならおもしろいなと思ったが、そうはならなかった。

豊穣の海の生まれ変わりの設定がどうこうというのはあまり気にならない。それぞれがほとんど独立した物語だと受け取っている。だから逆に、「この人は本当に生まれ変わりなのか」と本多が疑ったり確かめたりするところ、それも黒子があるかどうかでそれを判断するところは、少し興ざめする。

第3巻で生まれ変わりとして登場するのはタイ人の女性である。「姫」とあるが「パッタナディト殿下の末娘」ということなので、それほど位は高くないが日本でいう皇族のカコ様とかマコ様とかあの辺の感じだろうか。

最初の方で本多は幼い姫に会うのだが、それから彼がインドへ行ったり輪廻転生や仏教について研究したりするということが書かれて、3人目の物語はなかなか始まらない。

姫の名前は「ジャントラパー姫」だという菱川のセリフがあるが、小説中では「月光姫」と書かれ、成長して日本に来てからは「ジン・ジャン」と呼ばれる。

ジン・ジャンについての物語はほとんど何もない。それ以外に、本多の女友達などが登場するのだが、それらの人物がすること言うことも物語というほどのことはなく、何か醜くむなしい記述が続く。

本多に覗き趣味があることが描かれ、さらに物語の醜さは増す。

本多の妻も登場する。妻も当然年老いている。そしてジン・ジャンのことで嫉妬する。

蓼科という女性と再会するシーンがある。蓼科という名に覚えはあるがどんな関係だったかよくわからないが、ばあやと呼ばれるような人だったと思う。笑ってしまったのだが、本多が卵をあげて蓼科がその場でそれを割って飲むというシーンが書かれる。戦争直後とかのことなので卵は貴重品であったのだろうがさすがにその場で飲むって変でしょ、と笑ってしまった。本多も驚いたと書いてあるので別にそういうことが自然だと作者が考えたのではないと思うのだが。

今回改めて読んでみて感じたもう一つのことは、この作品は女性の描写が目立つことだ。そして、ジン・ジャン以外は特に美しくもなく、人間的な魅力もない。

本多はジン・ジャンに恋をしているようである。

しかし、もし清顕や勲の生まれ変わりであるなら恋愛対象にはならないので、生まれ変わりであってほしくないと思ったりしている。

しかし恋しているならなぜ若い男をあてがったりするのか。

よくわからない。


ジン・ジャンの黒子をプールで水着になった時に確かめたら見つからないのだが、

別荘の隣室に泊まらせて覗いて慶子と同性愛の関係であることを知ると同時に黒子も見つける。

これはどういうことなのだろう?単に見逃していたということではないだろう。慶子と愛し合ったことで黒子があらわれた、つまり生まれ変わりになったのだ。たぶん。


鬼頭槇子、椿原夫人、今西、という3人の関係もよくわからない。

椿原夫人と今西は恋人というか愛人というか、なのだが、二人は火事で焼け死ぬ。


そして、第三巻は唐突に終わる。

本多が15年後にジン・ジャンの双子の姉に会って、ジン・ジャンがコブラに噛まれて死んだと聞かされる....

そんな....

結局ジン・ジャンは本当に何もしない。男に抱かれそうになって拒み、慶子に抱かれ、本多に指輪を投げ返しただけ。







2025/12/24

M-1 グランプリ2025

私が初めてM-1を観たのは2004年だった。

その年は紳助と松本人志の二人とも審査員を欠席していた。

あれから21年がたったが、その後ほぼ全回M-1は観ている。2015年は観なかった。それ以外は全部観たはず。

松本人志が審査員からいなくなって、番組の魅力はだいぶ落ちたと思っていたが、今回はもうそんなことを忘れるくらい面白い大会だった。


ヤーレンズ、エバース、真空ジェシカ、ヨネダ2000は何度か見ていてどういうコンビかわかっている。

豪快キャプテン、ママタルト、カナメストーンは少しだけ知っている。

たくろう、ドンデコルテ、めぞんは、全く知らない。


エバースか真空ジェシカが優勝するのではと思っていた。

エバースの1本目のネタが始まり、町田が車になるという話を始めた時、私は期待していたのにこれはダメだ、と思った。そのネタを知っていたわけではないが、設定が非現実的すぎて、いくら漫才でも話にひきこまれないだろうと思ったからだ。実際、私はほとんど1本目の彼らのネタを聞いていなかった。

だが、終わってみると審査員には大変好評で、これは優勝かというような高得点がついた。

2番目にでてきためぞんのネタは、私の気に入らなかった。終わってから何度か見直したが、めぞんのネタに対する不満が見るたびに増していった。歌を歌うことも嫌なのだが、それよりも基本的な恋愛相談という設定、それも恋愛を賛美するような内容であることがむずがゆいというか気恥ずかしいというか、私が年をとったせいもあるかもしれないが、漫才ですることではないだろうと感じる。

真空ジェシカも期待しつつ見ていて、まあまあいいと思った。が、ボケが羅列されているだけの感じと、なぜあれをやるのかよくわからない、不気味なモンスターのようなものの登場が余計だと感じた。

たくろうとドンデコルテは面白かった。1回目が終わった時点で、どっちかが優勝するだろうと思った。

たくろうは1本目から大ウケだったが、2本目はさらにそれを上回った。

1本目が大ウケしてさあ優勝だ、というコンビが2回目にコケることがよくある。笑い飯、和牛、さや香、オズワルドなど。ミルクボーイは優勝したが1本目の方がよかった。

しかし今回のたくろうは2本目の方がおもしろかった。もしあれを採点していたら、過去最高点を更新したのではないだろうか。

エバースが町田が車になる話を始めた時に失敗だと思ったのとは逆に、たくろうの最終決戦ではビバリーヒルズの生活のシミュレーションが始まった時に「これはおもしろくなる!」と確信した。

ドンデコルテは面白かったのだが、何度か見返すと、ほとんど一人語りになっているのと、インパクトはあったが何か一つ足りない気がした。よく、「もうひと展開ほしい」ということが言われるが、そうではなくて、むしろ終息していくような感じが欲しいように感じた。


2025/12/15

三島由紀夫2

三島由紀夫の市ヶ谷での最後の演説がyoutubeで見ることができる。そこについているコメントはほとんど肯定的である。youtubeのコメントの仕組み上、否定的なコメントは表示されにくくなっているようだが、それにしても私は三島由紀夫の主張はともかく、彼の行動に疑問を持たない人たちの神経を疑う。

彼が亡くなった時私はまだ2歳だったから当時のことはわからないのだが、1970年、昭和45年に、切腹などということをするのは極めて異常なことである。

youtubeを観ている若者は、昔はこんなこともあったのか、サムライはこうやって命をかけて自分の主張を訴えたのか、とでも思っているのだろうか。

自衛隊が違憲なのはおかしいという主張はもっともであり、現在もそれを変えようという動きはあるが、それをクーデーターによりおこなうとか、聞き入れられなかったら切腹するなどというのは賛同できないどころか滑稽ですらある。

特に、今改めて感じるのは、自衛隊員を傷つけ、若者を道連れにしたことへの憤りである。

三島は森田に自決をするなと言ったようだが、あんなことを一緒にさせておいてそんなことを言っても引っ込みがつかないだろう。

警察なども、事が行われるまで何もできなかったのか。まさか切腹などするとは思っていなかったにしても、刀で切りつけた時点で逮捕できなかったのか。


あと、彼は老いることに対して非常に抵抗がありそれを恐れていたようだが、45歳なんて、まだまだ若いのにと、とっくにその年齢をすぎた今、あらためて思う。

ただ、当時の状況についてのいろいろな記録を見ると、どうも三島氏をはじめとして行動を共にした者たちも、死ぬことについての恐怖があまり感じられない。また、国を憂いての行動でありそれがいわば失敗することになることについて無念であるとかいう気持ちもあまり見えない。

死の一週間前だという古林氏との対談でも、まるで絶望したような雰囲気などない。

なんだか、死ぬことが楽しみでしょうがなかったようにさえ見える。

三島由紀夫

三島由紀夫と古林尚の対談の最初の方。私はこの対談を何度も繰り返し聞いたのだが、ここにでてくる「ロマンティケル」と「ハイムケール」という言葉が聞き取れなかった。

僕が古典主義あるいは新古典派みたいに自分を自己規定無理矢理しようと思ったのはね、潮騒って小説書いてからしばらくの間だけ、長続きはしなかった。その時それで自分をね制御できると思ったんですね、僕は。 そして自分の中のどうしようもないものがね、これで落ち着けるだろう、そして自分はつまり日本にまだない、なかったクラシシズムというものをね、その理性ですべてを統御するようなね、作家になれるだろうと僕は錯覚を起こしてたんですよ。 

そのうちそうでないってことがわかったんです。どうしても自分の中に統御できないものがある。そうするとまあ、だんだん自分が嫌々ながらロマンティストであるってことを認めざるを得ないんですね。でロマンティケルであるってことがわかると、どうしてもそれは、ハイムケールするわけですよね。ハイムケールすると十代行っちゃうわけです。で、十代行っちゃうといろんなものがね、パンドラの箱みたいにワーッと出てきちゃう。

僕はね、まあ、もし誠実というものがあるとすればね、人にどんなに笑われようとね、まあ、悪口言われようと、そういうものに忠実である以外に作家の誠実ってないような気がする。


romantiker ロマン主義者、ロマン派の芸術家、ロマンチックな人、空想(無想)家

heimkehr 帰郷、帰省、帰宅、帰還


当時、インターネットはすでにあった。google検索もすでにあったような気がする。

この対談のテープを図書館で借りてMDにダビングしたのだが、2000年頃だった思う。


しかし、この対談についての情報はインターネットにも本屋にも見つからなかった。おそらくちょっと大きい図書館に行けば対談の書きおこしなどが見つかったかもしれないが当時の私はそこまではしなかった。

今ではこの対談についての情報がたくさん見つかる。

対談の音声も、CDで入手しなおした。


「完全な遊戯」から、この対談のことをあらためて思い返し、そうするとどうしても11月25日のことを考え、なぜ彼がああいう行動に行き着いたのかを考え直さざるを得ない。

なんど考えても、不可解である。私には世間で言われているようなこと、彼自身が言っていること以外の何かごくプライベートな理由があるように思えてならない。


今ではネットでもこの事件についての情報がたくさん見つかるがあらためて調べてみてもかなり長い間入念に計画されていて、しかも、切腹することは最初から決まっていたのも間違いないようである。決起をうながしてかなわないからやむを得ず腹を切った、などということではない。

天皇も、自衛隊も、憲法も、死ぬための後付けの理由にしか思えない。対談のなかでも、封建君主でもいい、妄念である、陸軍の蒙昧なファナティックなものが好きだなどと言っている。

悲劇の主人公になり自分の人生を芸術化したのだなどという人も多く、そういう意図もあったようには思うが、彼はそんな単純な男ではないはずだ。彼は死ぬことで家族などに迷惑がかからないように注意を払っている。原稿も期限に間に合わせ、遺書も書き、準備万端で死んでいった。

言われているような理由とはどうしても釣り合わないのだ。なぜそこまでして死ななければならなかったのか。

あと、森田必勝が介錯に失敗したので代わって介錯した古賀氏という人は「フル古賀」と呼ばれていたのは知っていたが、それは「コガ」という人物が「小賀」と「古賀」の二人いて、区別するために「古賀」の方を「古いという字の方の古賀」ということで「フル古賀」と呼ばれていたのだと、今更気づいた。

2025/12/13

石原慎太郎「完全な遊戯」

昭和32年の作品。昭和43年発行の角川文庫。ヤフオクかアマゾンで買ったものだが読まずにいた。

この作品のことは、三島由紀夫と古林尚の対談を聞いて知った。この対談は何回も聞いてほとんど暗記しているくらいだが、この中で三島が完全な遊戯のことをほめていた。

石原慎太郎の作品は読んだことがなかった。三島由紀夫についてのエッセイみたいな本を読みかけたが、悪口が目立って気分が悪かった。

小説も読んでみたがセリフがカッコ悪くて読むに堪えなかった。

ふとした時に手に取って読んでみたら、それほど違和感なく読めた。ようやく完全な遊戯がどんなものか知ることができた。

軽くて、乾いた文章だと思った。特にいいとも悪いとも思わない。