2025/12/15

三島由紀夫

三島由紀夫と古林尚の対談の最初の方。私はこの対談を何度も繰り返し聞いたのだが、ここにでてくる「ロマンティケル」と「ハイムケール」という言葉が聞き取れなかった。

僕が古典主義あるいは新古典派みたいに自分を自己規定無理矢理しようと思ったのはね、潮騒って小説書いてからしばらくの間だけ、長続きはしなかった。その時それで自分をね制御できると思ったんですね、僕は。 そして自分の中のどうしようもないものがね、これで落ち着けるだろう、そして自分はつまり日本にまだない、なかったクラシシズムというものをね、その理性ですべてを統御するようなね、作家になれるだろうと僕は錯覚を起こしてたんですよ。 

そのうちそうでないってことがわかったんです。どうしても自分の中に統御できないものがある。そうするとまあ、だんだん自分が嫌々ながらロマンティストであるってことを認めざるを得ないんですね。でロマンティケルであるってことがわかると、どうしてもそれは、ハイムケールするわけですよね。ハイムケールすると十代行っちゃうわけです。で、十代行っちゃうといろんなものがね、パンドラの箱みたいにワーッと出てきちゃう。

僕はね、まあ、もし誠実というものがあるとすればね、人にどんなに笑われようとね、まあ、悪口言われようと、そういうものに忠実である以外に作家の誠実ってないような気がする。


romantiker ロマン主義者、ロマン派の芸術家、ロマンチックな人、空想(無想)家

heimkehr 帰郷、帰省、帰宅、帰還


当時、インターネットはすでにあった。google検索もすでにあったような気がする。

この対談のテープを図書館で借りてMDにダビングしたのだが、2000年頃だった思う。


しかし、この対談についての情報はインターネットにも本屋にも見つからなかった。おそらくちょっと大きい図書館に行けば対談の書きおこしなどが見つかったかもしれないが当時の私はそこまではしなかった。

今ではこの対談についての情報がたくさん見つかる。

対談の音声も、CDで入手しなおした。


「完全な遊戯」から、この対談のことをあらためて思い返し、そうするとどうしても11月25日のことを考え、なぜ彼がああいう行動に行き着いたのかを考え直さざるを得ない。

なんど考えても、不可解である。私には世間で言われているようなこと、彼自身が言っていること以外の何かごくプライベートな理由があるように思えてならない。


今ではネットでもこの事件についての情報がたくさん見つかるがあらためて調べてみてもかなり長い間入念に計画されていて、しかも、切腹することは最初から決まっていたのも間違いないようである。決起をうながしてかなわないからやむを得ず腹を切った、などということではない。

天皇も、自衛隊も、憲法も、死ぬための後付けの理由にしか思えない。対談のなかでも、封建君主でもいい、妄念である、陸軍の蒙昧なファナティックなものが好きだなどと言っている。

悲劇の主人公になり自分の人生を芸術化したのだなどという人も多く、そういう意図もあったようには思うが、彼はそんな単純な男ではないはずだ。彼は死ぬことで家族などに迷惑がかからないように注意を払っている。原稿も期限に間に合わせ、遺書も書き、準備万端で死んでいった。

言われているような理由とはどうしても釣り合わないのだ。なぜそこまでして死ななければならなかったのか。

あと、森田必勝が介錯に失敗したので代わって介錯した古賀氏という人は「フル古賀」と呼ばれていたのは知っていたが、それは「コガ」という人物が「小賀」と「古賀」の二人いて、区別するために「古賀」の方を「古いという字の方の古賀」ということで「フル古賀」と呼ばれていたのだと、今更気づいた。