問題作。三島由紀夫にとっても、私自身にとっても、重要な作品である。
執筆時期等の作品についての説明は省く。
私はたしか30歳の頃、「豊穣の海」を全部読もうと覚悟を決めて読んだ。
第1巻と第2巻は傑作だと思った。しかし、第3巻で戸惑い、第4巻は駄作と言わざるを得ないと感じた。
第3巻の冒頭にある、菱川という男の夕焼け芸術論はおもしろいと思った。こんな調子で皮肉っぽく軽やかに話が展開していくならおもしろいなと思ったが、そうはならなかった。
豊穣の海の生まれ変わりの設定がどうこうというのはあまり気にならない。それぞれがほとんど独立した物語だと受け取っている。だから逆に、「この人は本当に生まれ変わりなのか」と本多が疑ったり確かめたりするところ、それも黒子があるかどうかでそれを判断するところは、少し興ざめする。
第3巻で生まれ変わりとして登場するのはタイ人の女性である。「姫」とあるが「パッタナディト殿下の末娘」ということなので、それほど位は高くないが日本でいう皇族のカコ様とかマコ様とかあの辺の感じだろうか。
最初の方で本多は幼い姫に会うのだが、それから彼がインドへ行ったり輪廻転生や仏教について研究したりするということが書かれて、3人目の物語はなかなか始まらない。
姫の名前は「ジャントラパー姫」だという菱川のセリフがあるが、小説中では「月光姫」と書かれ、成長して日本に来てからは「ジン・ジャン」と呼ばれる。
ジン・ジャンについての物語はほとんど何もない。それ以外に、本多の女友達などが登場するのだが、それらの人物がすること言うことも物語というほどのことはなく、何か醜くむなしい記述が続く。
本多に覗き趣味があることが描かれ、さらに物語の醜さは増す。
本多の妻も登場する。妻も当然年老いている。そしてジン・ジャンのことで嫉妬する。
蓼科という女性と再会するシーンがある。蓼科という名に覚えはあるがどんな関係だったかよくわからないが、ばあやと呼ばれるような人だったと思う。笑ってしまったのだが、本多が卵をあげて蓼科がその場でそれを割って飲むというシーンが書かれる。戦争直後とかのことなので卵は貴重品であったのだろうがさすがにその場で飲むって変でしょ、と笑ってしまった。本多も驚いたと書いてあるので別にそういうことが自然だと作者が考えたのではないと思うのだが。
今回改めて読んでみて感じたもう一つのことは、この作品は女性の描写が目立つことだ。そして、ジン・ジャン以外は特に美しくもなく、人間的な魅力もない。
本多はジン・ジャンに恋をしているようである。
しかし、もし清顕や勲の生まれ変わりであるなら恋愛対象にはならないので、生まれ変わりであってほしくないと思ったりしている。
しかし恋しているならなぜ若い男をあてがったりするのか。
よくわからない。
ジン・ジャンの黒子をプールで水着になった時に確かめたら見つからないのだが、
別荘の隣室に泊まらせて覗いて慶子と同性愛の関係であることを知ると同時に黒子も見つける。
これはどういうことなのだろう?単に見逃していたということではないだろう。慶子と愛し合ったことで黒子があらわれた、つまり生まれ変わりになったのだ。たぶん。
鬼頭槇子、椿原夫人、今西、という3人の関係もよくわからない。
椿原夫人と今西は恋人というか愛人というか、なのだが、二人は火事で焼け死ぬ。
そして、第三巻は唐突に終わる。
本多が15年後にジン・ジャンの双子の姉に会って、ジン・ジャンがコブラに噛まれて死んだと聞かされる....
そんな....
結局ジン・ジャンは本当に何もしない。男に抱かれそうになって拒み、慶子に抱かれ、本多に指輪を投げ返しただけ。