三島由紀夫の市ヶ谷での最後の演説がyoutubeで見ることができる。そこについているコメントはほとんど肯定的である。youtubeのコメントの仕組み上、否定的なコメントは表示されにくくなっているようだが、それにしても私は三島由紀夫の主張はともかく、彼の行動に疑問を持たない人たちの神経を疑う。
彼が亡くなった時私はまだ2歳だったから当時のことはわからないのだが、1970年、昭和45年に、切腹などということをするのは極めて異常なことである。
youtubeを観ている若者は、昔はこんなこともあったのか、サムライはこうやって命をかけて自分の主張を訴えたのか、とでも思っているのだろうか。
自衛隊が違憲なのはおかしいという主張はもっともであり、現在もそれを変えようという動きはあるが、それをクーデーターによりおこなうとか、聞き入れられなかったら切腹するなどというのは賛同できないどころか滑稽ですらある。
特に、今改めて感じるのは、自衛隊員を傷つけ、若者を道連れにしたことへの憤りである。
三島は森田に自決をするなと言ったようだが、あんなことを一緒にさせておいてそんなことを言っても引っ込みがつかないだろう。
警察なども、事が行われるまで何もできなかったのか。まさか切腹などするとは思っていなかったにしても、刀で切りつけた時点で逮捕できなかったのか。
あと、彼は老いることに対して非常に抵抗がありそれを恐れていたようだが、45歳なんて、まだまだ若いのにと、とっくにその年齢をすぎた今、あらためて思う。
ただ、当時の状況についてのいろいろな記録を見ると、どうも三島氏をはじめとして行動を共にした者たちも、死ぬことについての恐怖があまり感じられない。また、国を憂いての行動でありそれがいわば失敗することになることについて無念であるとかいう気持ちもあまり見えない。
死の一週間前だという古林氏との対談でも、まるで絶望したような雰囲気などない。
なんだか、死ぬことが楽しみでしょうがなかったようにさえ見える。