ピエール瀧

ピエール瀧がコカイン使用で逮捕された。

そのことを知ったのはtwitterであったが、コカインという名詞にちょっと驚いたが、
ピエール瀧がコカインをやっていた、ということについてはなぜか、
「やっぱりな」と感じた。

電気グルーヴという名前は知ってはいたが、その音楽は聴いたことも聴いてみようと思ったこともない。

やっぱりな、と感じた最も大きな理由は、アウトレイジでの彼の演技を見たことだ。

演技というか、彼の役柄。

あくまでも映画の中での配役で演技にすぎないのだが、
今までみた映画、ドラマ、漫画、小説、あらゆる創作物のなかでも、
あんなに醜い、悪い、みっともない役は見たことがない。

武の映画は好きだが、アウトレイジは嫌いだ。
どうしてああいうものを撮るようになってしまい、
どうしてあんな映画が売れるのだろう。

瀧の役がああいう風になったのは、やはり彼のもつ雰囲気というか、
性格、にじみ出るもの、そういうものからなんとなくエスカレートしていったのではないだろうか。

椎名桔平とか西田敏行とかではあんな役にはならなかっただろう。


薬物使用については、あまりかっこいいものではないとは思うが、
人として許せないとかいう感情はまったくもたない。

逆に、善人ぶって、やりたくても勇気やカネがないだけの奴らが騒いでいるのが不愉快なくらいだ。


カメラを止めるな!

非常に話題になっていたが、ストーリーとか漏れてくる映像に魅力を感じず
観ないでいた。

年末に旅行した時に飛行機で上映していたので観た。

監督・脚本は上田慎一郎という人。全く知らない。


「ゾンビ映画を撮影していたら本物のゾンビが出てきた」という話であることは聞いていたが、

それをユーモラスにあるいは意表をついた形で描いているのかと思ったら、

本当にそのままの話だったのでガッカリした。

何があんなに騒がれたのかよくわからない。


私は恐怖映画とかグロテスクなシーンというのは嫌いだ。

美しいものも醜いものも、さらりと描いて欲しい。



ホラー映画というようなジャンルが好きな人には、ハンディカメラで撮ったチープな映像がかえって生々しく怖くみえた、みたいなことなのだろうか。


クリード2

原題は Creed II
邦題は「クリード 炎の宿敵」

前作(といっても監督が違うが)クリードがとても良かったので楽しみにしていた。

今度の相手はドラゴの息子。

前作ではロッキーがタオルを投げなかったことを悔いるシーンがあり、
(今作でもあった)
まるで「自分がアポロを殺した」みたいに後悔しているのだが、
アポロが戦った相手はドラゴである。

ロッキー4では「アポロはドラゴに殺された」かのような描かれ方になっていた。
そしてロッキーがドラゴと戦って勝つ。

そのあらすじを聞いたときに私はくだらない、と、みる気にもならなかった。

しかしロッキー4は公開後数年経ってから観て、シリーズ最高傑作かというくらいに
感動した。

ロッキーについては、クリードの時に書いたが、もはや単なる映画ではない。
今の大人でロッキーを知らない人はどれくらいいるのだろうか?


ロッキーとドラゴの対決は決して仇討ちなどではない。

そして今回の因縁の息子同士の対決もやはり、仇討ちではない。

しかし二人が戦う背景にはたくさんの因縁や動機となるでき事が存在している。


今作はロッキーシリーズの中でも人情に訴えるシーンが非常に多く、
サクセスストーリー的な要素は非常に少ない。

むしろライバルのドラゴ親子とか娘の誕生にまつわるでき事とか、ロッキーと息子の関係とか、
そういうことについての物悲しさが重点的に描かれている。

監督はスティーブン・ケイブル・Jr. という人だが全く知らない。

脚本はスタローンとジュエル・テイラーという人。

そして「ストーリー」シルベスタースタローンというクレジットがある。



感動はしたのだが、ドラマが乱立していて焦点が絞られていないような印象を受けた。

観る前から冒頭を観ているくらいまでは、あしたのジョーの金龍飛戦やリングにかけろの辻本戦のような、相手役の悲劇がテーマとなった作品なのかと期待したが、そうではなかった。

アドニスがチャンピオンになり結婚し子供が生まれる。
主人公のドラマを描かないわけにはいかない。

ドラゴはあくまでも敵役でそのドラマはほんのさらりとしか描かれなかった。

ストーリー、脚本、監督という3つの役割に3人がクレジットされている。

おそらくこの3人の意向が配分されたのだろう。

というか、スタローンの原案があって、それを今、商業映画として上映するために必要なカタチに仕上げるために、二人が関わったのではないだろうか。




アリー/スター誕生

斬、を観に行ったときにも観ただろうか?ボヘミアンラプソディを観た時の予告編を観て、これは絶対に観に行こうと決めた。

主人公の女性がレディガガであることは観にいこうと決めてから知った。

監督であり副主人公の俳優であるブラッドリークーパーのことは全く知らない。

この映画がリメイクであることは観終わってから知った。
全体的に時代が不明な雰囲気なのも、リメイクだからだろうか。
youtubeが出てきたり小道具などから一応現代の設定であることはわかるが、
ほとんど時代を超越した物語である。

観る前はもっと単純なサクセスストーリーでハッピーエンドなのかと思っていた。
そういうものを期待してもいたが、悲しい結末であった。

レディガガのことはもちろん知っていたが、まともに彼女の曲を聴いたことはない。

しかし映画を観て、彼女の歌だけでなく存在感のようなもののすごさに圧倒された。

映画が終わってデビューアルバムを買ってみた。
ブリトニースピアーズの後期のような無機質な曲ばかりでなかなか受け付けなかったが
次第に彼女のよさがわかってきた。

映画もそうなのだが、彼女は古風なのである。
古風なんて言葉はほとんど死後だが、オーソドックス、もっというとまともな大人、
常識人、そういうもの。

顔だちも子供みたいなカワイイものではなく、面長で、
声もネコみたいに黄色いものではなく腹から出る女性にしてはやや太い声。



シン・ゴジラ

話題になって気にはなったが結局映画館では見なかったが、
テレビをつけたらたまたまやっていたので観た。

「庵野秀明の映画」と思っていたが、
監督は二人クレジットされていて、庵野秀明が「総監督」、
樋口真嗣という人が監督・特技監督となっている。

しかし脚本、編集も担当しているし、「総」がついているくらいだから、
庵野氏の映画と受け取っても差し支えないだろう。

テレビをつけて、すぐにその映像に引き込まれた。
ゴジラそのものよりも、ゴジラが現れたときの政府の対応やニュースの放映の仕方などが
非常にリアルだったからだ。

しかし、見続けているうちに違和感というか、嫌悪感に近いものを感じ始めた。

この映画は日本アカデミー賞を受賞するなど評価は高く興行成績もよかったようだが、
批判というか、悪口も目にすることが多かった。

私の感じた嫌悪感は、エヴァンゲリオンを見たときに感じたのと同じようなものだった。

エヴァンゲリオンも興味を持って観たのだが、なんというか、根本的なもの、訴えかけるもの、テーマというか、作り手の表現したいこと、総合的なことに対して、拒絶反応が出る。

まず感じたことは、「大人の男性が描けない」ということである。

エヴァンゲリオンのときも、大人の男性は感情がなく、表情がなく、当然彼らに対する共感を感じられない。

大人は主人公やその周囲の人物にとっての障害物のように、ゴジラが壊す街の建造物のように描かれる。

大人が描けないというのはエヴァンゲリオンでも感じたことだが、本作について不満を感じたのは大人についてだけではなかった。

登場する人物達が、大がかりなプロジェクトに参加しているスタッフにしか見えない。

セリフも説明的で、それぞれが人間として実在している感じがない。

実在する地名、日本政府、自衛隊、省庁、そいういったものが「リアル」に描かれるのだが、CGよりももっと現実感がない。

私は官公庁や自衛隊の内情を知らない。おそらく本作は入念な取材や各方面の協力を得たのだろうが、こんなに指揮命令系統がきれいなピラミッドを形成していて、一致団結しているのだろうか?

そして、そうあるべきだろうか?

クライマックスでゴジラに対して、無人の爆撃機を大量に投入したり爆弾を積んだ電車に突入させたりする場面には寒気を覚えた。

この映画にはユーモアが皆無だ。感情に訴える場面もない。

自衛隊がゴジラに対して攻撃する際に、一つ一つの攻撃について、末端から上部に伺いをたてて防衛大臣と思われる女がひとつひとつ総理大臣の承認を得る場面が繰り返されるが実際にはそんなことはないだろう。

あえてこのようなことを描いたのは、戦闘に参加した自衛隊員たちに攻撃の意思はなく、あくまでも国を守るため、総理大臣の命令で攻撃したのだという責任転嫁をしているように見えてならない。

結局、ゴジラに対して核兵器を使用すべきという他国からの要望があるなか、なんとか核を使用せずにゴジラを眠らせることに成功する。

ゴジラというのはもともと核兵器が原因で生まれた怪獣という設定だった。

その怪獣を核兵器で倒すという皮肉。

そのほうがおもしろいと思うけど

映画 「ボヘミアンラプソディ」

私はクイーンが嫌いでiPodの中にも1曲も入っていないし、
今までレコードやCDもほとんど聴いたことがない。
ベスト盤か何かを借りたことはあったかもしれないが、
まったく興味を持てなかった。
彼らの曲はテレビCMその他で嫌というほど聞かされていて、
ボヘミアンラプソディも何度も聴いたことがあるが、
もうウンザリしている。

しかし、映画が非常に評判がよく、だれもが絶賛しているので、
観にいってきた。

この映画のクライマックスはライブエイドのステージをほぼそのまま再現したシーンであるが、
そこで歌うボヘミアンラプソディで涙が止まらない。

この映画は単なる伝記ではなく、事実がかなり脚色されていて劇的になっている。

ライブエイドのステージ前にクイーンは解散状態、フレディは当時は不治の病であるエイズに感染してることを告白し、体調はおもわしくなく余命も限られている。
ステージの前に家族にあって、特に母と言葉を交わす。
その後に歌うボヘミアンラプソディは歌詞の意味が今まで聴いていたときとは全く
違った意味に聞こえ、フレディの遺言のようだった。

しかし実際はフレディがエイズ感染を知ったのはライブエイドのあとで、
クイーンも人気が絶頂期ではなかったものの解散状態などではなかったそうだ。

映画が終わった帰り道にiTunes Storeで A night at the operaを買った。

斬、

塚本晋也監督

「野火」の衝撃がまだ記憶に新しい中、時代劇を撮るというニュースを聞いて絶対に観にいこうと思っていた。

公開日の翌日、渋谷で観た。

新宿で観ようと思っていたのだが、上映しておらず、やむを得ず渋谷へ行った。

なじみのない場所なのでタクシーで行ったが、ラブホテル街のような汚い場所だった。


冒頭は引き込まれた。

見慣れた映画にはない構図、非現実的なのだが強烈なリアリティがある、さすが塚本監督、と感じた。

上映時間は80分と最近の映画にしては短い。

それはよかった。


中盤から少し、興ざめする感じを覚えてきた。

観終わった直後はあまり気分がよくなく、駄作だとさえ感じた。


あそこはこうしたほうがよかった、あのシーンはいらなかった、
あのシーンは監督の自己満足じゃないのか、
などの思いがよぎった。

ラブシーンはみな寸止めだった。

それは当然である。


自涜シーンが出てくる。

そういう映画なのかな。


まあ、カタルシスを得て元気になるような映画なんかじゃないことは観にいく前からわかっていたことだし。



ピエール瀧

ピエール瀧がコカイン使用で逮捕された。 そのことを知ったのはtwitterであったが、コカインという名詞にちょっと驚いたが、 ピエール瀧がコカインをやっていた、ということについてはなぜか、 「やっぱりな」と感じた。 電気グルーヴという名前は知ってはいたが、その音楽は聴...